fx外貨の保合い
保合いは、上昇または下降するトレンドがテクニカル的なポイント(レジスタンス・ラインやサポート・ライン)に差し掛かった時に、売り手と買い手の攻防から生ずる現象です。その攻防戦から価格の変動をチャート(グラフ)で見ると、短期的な「山」と「谷」を交互に作り出され、時間の経過と共にその変動幅が収束を見せ、やがてその保合いから抜け出し、新たなトレンドへと向かいます。保合いの中で出来た「山」と「山」を線で結び、同様に「谷」と「谷」も線で結ぶとその2つの線は三角形を形成します。2つの線が交わったところをアペックスといい、線の始りから4分の3時点を過ぎても保合いから脱出できない時、保合いの効力は薄れ、価格はそれ以降の方向感を失います。保合いは、三角保合い以外にもフラッグやペナント(三角保合いの小型版)、三角保合いの逆の形を形成するブロードニング・フォーメーション、菱形を形成するダイヤモンド・フォーメーションなどがあります。保合いから抜ける水準には、まとまったストップロス・オーダーが隠れているケースも多く、そのストップロスの玉が大きければ大きいほどは大量の売買が生じ価格が急激に変動して、その反動から相場は新しいトレンドへと進みます。くりっく365為替の変動要因として最も重要なのが、各国の通貨政策です。特にアメリカの通貨政策は重要です。 我が国の円が1949年に1ドル=360円の単一為替相場が定められて以来、1971年8月のニクソンショック(308円まで切り上げ)や、1978年10月のカーターショック(180円を割り込む)によりドルが急激に下落する場面がありました。 このような緊急事態になるとアメリカは「ドル防衛」をせざるを得なくなり、当時のカーター政権は、苦肉の策として、SDR(IMF特別引出権)を売却し、IMFリザーブ・トラッシュも引き出し、各国とのスワップ網を拡大しました。 結果、1ヶ月後には197円までドルは一気に値を戻し、1979年4月には、220円近くまでドルが上昇しました。高くなりすぎたドルは、アメリカ国内で貿易赤字の問題を深刻化させました。 そこで、アメリカのベーカー財務長官の呼びかけにより、ニューヨークのプラザ・ホテルで5ヶ国蔵相会議(G5)が開かれ、ドル高是正で合意(プラザ合意)した結果、240円台から1987年の2月には半分の120円にまでドルは下落しました。このように、通貨政策の変更は消費者金融に大きな影響を与えます。 したがってレーシック市場参加者は、各国の通貨当局者の発言には注目します。 ちょっとしたニュアンスの違いを聞き取ることが、為替や日経225相場の転換を知る上で重要であるからです。為替レートが決定される理論の中に、購買力平価説があります。 昔々、カッセルという人が、為替レートは2国間の購買力の比率によって決定されるという説を唱えました。これが購買力平価説です。 そもそも、購買力とは、モノやサービスを買う時の貨幣価値です。貨幣価値は、物価の影響を受けます。 したがって、購買力平価を簡単に言うと、お金の価値を自国の物価と外国の物価を比較して表した貨幣価値ということになります。外国為替市場で取引される為替レートは、市場の需給の影響を受け変動しますが、購買力平価は、そういう影響や変動を除き、より経済実態に即した各国の比較ができるとされています。問題点は物価を比較する上で、何を基準にするかという点です。消費者物価指数を使った購買力平価と、輸出物価を使った購買力平価とでは、計算結果に大きな誤差が生じてしまう点です。為替の世界では、マクドナルドのハンバーガー(ビックマック)の価格に基づいた購買力平価が話題に上ります。 世界中で販売されているビックマックは、同一の商品で比較出来ることが特徴です。これをビックマック平価と呼びます。 加工前の農畜産物や人件費、物流コスト等の費用を含んでいるため、物価を比較する上で優れていると言えるでしょう。